「産経新聞 - 宮家邦彦のWorld Watch」様より
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戦略的だった「安倍外交」
2020 0903
【プロフィル】宮家邦彦(みやけ・くにひこ) 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
安倍晋三首相辞任の第一報はテレビ番組のリモート出演中に飛び込んできた。
番組内容は変更され、早速内外の記者・友人から質問や謝辞が届き始めた。
もしやの覚悟はあったが、「日本外交の一時代の終わり」との喪失感は否めない。
第二次大戦後、これほどわが国の外交が影響力を持ち、信頼され、かつ尊敬された8年間は思い付かない。
米国の安全保障問題の大御所からも「アベ首相は米国の偉大な友、称賛に値する」とのメールが届いた。
お世辞など言わない男からの賛辞を筆者は額面通り受け取った。
こんな時代は当分来ないだろう。
日本国内での安倍外交の評価は功罪相半ば。「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交や積極的平和主義を掲げ、民主党政権下で悪化した日米同盟を深化させた。
一方、ロシアや北朝鮮など近隣諸国との懸案は解決せず、課題は残った」といったおざなりの総括が一般的だ。
外交専門家の一部は安倍外交を酷評する。
「トップ外交に限界」があり、「戦略的な動き」ができず、「看板だけで実態が見えない」
との批判だが、それは言い過ぎだろう。
公平に見ても、戦後日本外交史上、過去8年間の安倍外交ほど戦略的思考に基づいた知的活動はなかったと思うからだ。
安倍外交の戦略目的は2つある。
第1は、少子高齢化で人口が減少し、高度経済成長など望めない今の日本が、現在の生活水準を維持しつつ、独立と自由民主主義を維持すること。
第2は、中国の台頭など東アジア安全保障環境の急変を踏まえ、日本の生き残りを確実にすることである。
安倍政権はその目的達成のため、まず日米同盟を深化させた。
そうは言っても口だけで同盟は深化しない。
両国トップの広島・真珠湾相互訪問により日米和解を進め、集団的自衛権の行使容認により相互信頼を深め、新たな安保法制により日米抑止力を強化した。
安倍政権はこれに2年以上費やしている。これが「戦略的」でなくて何なのか。
専門家の安倍外交批判はまだある。
「北方領土や拉致問題などほとんど解決不能な問題に突っ込み、派手に花火だけ打ち上げた花火外交」「世論の声に流された政策で北朝鮮の不信を買った」「制裁しても韓国は反発するだけ、制裁の次の戦略がなかった」のだそうだ。
北方領土や拉致問題に進展が見られないのは事実だが、それでは「解決不能」な問題は「放っておけ」とでも言うのか。
「相手の不信」を買っても言うべきことは言うのも外交ではないのか。
相手が反発すれば制裁は不要なのか。
そうではなかろう。
外交のプロなら「天に唾(つば)する」如(ごと)き評論家的批判は如何(いかが)なものか。
「安倍政権は国内世論を右に引きずり過ぎたため、外交も硬直化した」との批判もある。
どの政策の批判かは不明だが、「右に引きずり過ぎ」とはご本人が左に位置するだけの話ではないか…。
もうこのくらいにしよう。
先輩や同業者を批判するのが目的ではない。
外交には相手がいる。
その相手と意見が異なれば、交渉は思うように運ばない。
また、外交には経緯もある。
過去の経緯に拘泥し過ぎれば、新たな進展は見込めない。
これが筆者の知る外交の実態だ。
状況を見て慎重に何もしないのも「プロの外交」だろうが、地政学的な環境変化に応じ中長期的な戦略的決断を下すのも「政治としての外交」だ。
安倍外交の評価は後世の歴史家の仕事だが、安倍首相が「外交は技術ではなく、政治であること」を示したことだけは間違いなかろう。
長い間本当にお疲れさまでした。
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