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MMT(現代貨幣論)信奉者続出!? 「借金大国の日本を見習え」という理論
『今を生き抜くための池上式ファクト46』より #2
池上 彰
2021/03/24
source : 週刊文春出版部
新型コロナの蔓延により先の見えない時代にあって、私たちはどんな情報を信じれば良いのか。3月24日に発売した『今を生き抜くための池上式ファクト46』では、著者の池上彰さんが、この数年で起きた世界中のあらゆる出来事の中から46個の重要な事実=ファクトを厳選し、徹底解説している。この春に社会に出る人や大学に進学する人にとって役立つ情報満載の一冊だ。今回はその中から2項目を抜粋して公開する。
WSJのショッキングな指摘
消費税が10パーセントに引き上げられたのは2019年10月のことでした。
「安倍首相は、今年10月に消費税率を現行8%から10%に引き上げることで日本経済に大打撃をもたらそうとしている」
こんなショッキングな指摘をしていたのはアメリカの経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)の同年4月4日付の社説です(引用は日本版)。社説は、次のように指摘します。
「日本は、経済成長の鈍化に直面する世界の多くの国々の仲間入りをしつつある。しかし、ある点において日本は異彩を放つ。安倍晋三首相は年内に消費税率を引き上げ、景気を悪化させると固く心に決めているように見えるのだ」
これは強烈な批判でした。消費税を上げると景気が悪くなるぞ。財政状態が悪化してもいいではないか、という批判なのです。
当時は、安倍首相が本当に消費税を引き上げるのか読めない面もありました。土壇場になって、「実施を延期する」と言い出し、「この判断について国民の信を問う」と、衆議院を解散。衆参同時選挙に打って出るのではないかという憶測も出ていたくらいです。WSJの批判は、その判断を後押ししそうにも見えました。
しかし、このWSJの批判に対して、財務省は反論したいところだったでしょう。少子高齢化への対応として社会福祉財源を確保するために消費税のアップはやむを得ない。野放図な国債発行に頼るわけにはいかないという反論です。
ところがこの頃からアメリカでは、「日本を見よ。大量の赤字国債を抱えていても、財政が破綻していないではないか。金利も低いままでインフレになりそうもない。自国で通貨を発行している国は、借金を返済するためにいくらでも通貨を発行できるのだから、財政赤字が拡大しても心配ない」という理論が急激に影響力を拡大しました。
MMTの信奉者からすれば日本はモデルケース
この理論は、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授が提唱しているMMT(Modern Monetary Theory)です。日本語に訳すと「現代貨幣論」となります。「現代金融論」と訳される場合もあります。
伝統的な経済学の理論では、財政赤字が拡大すると、それだけ大量の国債が出回るようになり、高い金利をつけないと売れなくなるので、いずれ国家財政が破綻する危険性が高まると考えられています。
あるいは、中央銀行が国債を大量に買い上げるので、その分のお金が世の中に出回るようになり、お金の価値が下がる=つまりインフレになると考えられてきました。
こういう伝統的な考え方から見ると、「MMTなど理論とは呼べない」ということになるのでしょう。ところがMMTの信奉者からすれば、「日本は莫大な借金を抱えているが、財政破綻に追い込まれていないではないか。いくら日本銀行が国債を買ってお金をジャブジャブ出してもインフレにならないではないか」ということになるのです。
財務省のように財政の健全化が大事という考えからすれば、日本は悪い見本ですが、MMTの信奉者からすれば日本はモデルケースなのです。
アメリカで提唱された「グリーン・ニューディール」
そもそもこの理論が脚光を浴びたのは、2018年のアメリカの中間選挙で初当選を果たした民主党若手のオカシオコルテス下院議員が主張したのがきっかけでした。
彼女は、地球温暖化対策を進める「グリーン・ニューディール」を提唱しました。「ニューディール」といえば、1929年にニューヨークの株価暴落をきっかけに起きた恐慌対策として、33年以降、民主党のルーズベルト大統領が打ち出した経済政策のこと。公共投資を通じて景気の回復を図りました。彼女は、温暖化対策に政府の資金をもっと投じるべきだと主張したのです。
さらに国民皆保険制度を実現すべきだと求めています。オバマ大統領が通称「オバマケア」という保険制度を導入しましたが、皆保険(国民全員対象)にはなっていません。彼女はここでも政府の支出拡大を求めています。
赤字を心配せずに国は借金を増やせ
アメリカはトランプ大統領の大幅減税で財政赤字が拡大。国債を大量に発行していました。アメリカの伝統的な政治家であれば、「国債発行を減らせ」と言うところですが、彼女はMMTの考え方を援用し、政府支出を拡大すれば景気対策にもなると主張しているのです。
MMTの提唱者であるケルトン教授は、2020年の大統領選挙で民主党の大統領候補を目指していたバーニー・サンダース上院議員のアドバイザーでもありました。このため、この理論は一段と脚光を浴びました。
こうした理論が一定の支持を受ける背景には、先進国の経済成長率が軒並み低下し、中央銀行が金利を引き下げてもデフレから脱却できないという実情があります。「低成長・低金利・低インフレ」の長期化です。
インフレを心配して財政赤字を拡大しないようにしているから経済が成長しない。いざとなれば中央銀行ではなく政府が紙幣を発行すればいいのだから、赤字を心配せずに国は借金を増やせというわけです。
日本では「薔薇マーク」運動に
実は、この理論を元にした運動が日本でも始まっています。「薔薇マークキャンペーン」です。経済学者の松尾匡氏や稲葉振一郎氏、翻訳家の池田香代子氏などが呼びかけ人となって、参議院選挙で「反緊縮の経済政策」を採用する立候補者に「薔薇マーク」を認定し、応援したのです。
なぜここで「薔薇マーク」が登場するのか。必要なところにお金を「ばらまく」にかけているのと、薔薇の英語であるROSEは「Rebuild Our Society and Economy」(我らの社会と経済を立て直せ)の頭文字になる、というわけです。
従来、財政赤字を気にせず経済を立て直せという主張は「リフレ派」と呼ばれるアベノミクス応援団に多かったのですが、こちらは反安倍政権のリベラルな人たちが提唱しています。消費税増税に左右両方から反対の声。それにもかかわらず、最終的に安倍首相は増税を決断したのでした。
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