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最新免疫学から分かってきた新型コロナウイルスの正体―宮坂昌之・大阪大学名誉教授
2020.12.25
「サイエンスアゴラ2020」のシンポジウム「研究者と語ろう~新型コロナウイルス(COVID-19)免疫学的視点×ウイルス学的視点~」(2020年11月21日開催)から―
宮坂昌之
大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授・大阪大学名誉教授
長野県上田市出身。京都大学医学部卒業。オーストラリア国立大学ジョン・カーティン医学研究所PhD。スイス・バーゼル免疫学研究所で研究生活を送った後、東京都臨床医学総総合研究所・免疫研究部長。1994年大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター教授、99年大阪大学大学院医学研究科教授。現在、大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授。著書多数で近著は「新型コロナ7つの謎-最新免疫学からわかった病原体の正体」(「ブルーバックス」・講談社刊)
新型コロナウイルスが私たちの体にどういう反応を起こすか、特に免疫反応についてまず説明します。
この病気の一番大きな特徴は、感染してもあまり症状がないので気づかないことです。従って知らずに人にうつしてしまいます。約9割の人が軽症で済むけれども、約1割が重症化して1〜3%ぐらいが亡くなります。急激に患者さんが増えると、病院のベッドが一杯になって重症者も普通の病気も治療できなくなり、医療崩壊といわれる現象が起きかねません。子供も大人も感染しますが、年齢が高くなるほど病気が重くなる傾向があるので、高齢者施設で集団感染が起こると、多数のお年寄りが亡くなります。
この新型コロナウイルスは、直径が0.1マイクロメートルと非常に小さく、ウイルス粒子の内部には遺伝子であるRNAが折りたたまれたように入っています。ウイルスの表面にはSタンパク質あるいはスパイクタンパク質と呼ばれる釘のような構造が、1つのウイルスから100本ぐらい突き出ています。このスパイクタンパク質が人の細胞の上にあるACE2というタンパク質と結合します。
このACE2は肺の上皮細胞に多量に存在します。個人差はありますが、口の中、鼻の中の粘膜にも上皮細胞にも存在しますし、血管の内側を包む細胞や脂肪細胞にも存在します。肺の上皮細胞にこのウイルスが取り付くことが一番多いため、主に肺炎を起こすことが分かっています。ウイルスが細胞の中に入るための時間はわずか10分ぐらいで、細胞内でウイルスが増殖するには10時間ほどかかります。1個のウイルスが細胞の中に入ると1000個ほどに増えるので、もし1000個の細胞が感染したとすると、1000×1000で100万個のウイルスが10時間後に出てくることになります。
私たちの体は自然免疫と獲得免疫の2段構えで守られている
私たちの体は2段構えの防御システムを持っています。それが自然免疫と獲得免疫です。病原体が体の外から中に侵入しようとすると、少なくとも大きな3つの障壁、バリアがあります。最初の2つの障壁は自然免疫と呼ばれるもので、まず皮膚や粘膜に存在する殺菌物質が病原体の体内への侵入を防ごうとします。物理的、科学的バリアと呼ばれるものです。
しかしそのバリアに穴が開いていますと、ウイルスはさらにその内側の層に入ってきます。そこでは白血球の一部である食細胞が病原体を待っていて、病原体を食べる、あるいは殺菌物質を作って殺す――これが自然免疫です。反応は早いのですが、免疫記憶は持っていません。もし、この自然免疫だけでウイルスを防げないと、ウイルスはさらに中に入ってきます。そうすると、自然免疫を突破した病原体に対して、白血球の中の2種類のリンパ球、B細胞とT細胞が主体となって抗体などを作る。そしてウイルスを排除する――これが獲得免疫です。
自然免疫は反応が早くても、一度出会ったものを覚えていません。獲得免疫は反応が遅いものの、一度出会ったものを覚えているので、再び同じウイルスが入ってくると強く働いて排除します。自然免疫は生まれた時から誰もが持っている機構、獲得免疫は生後発達する機構で、我々はこの2つのメカニズムを持っているためにウイルスと出会っても容易には感染しません。恐らくウイルスは100個、200個ぐらい来ても、私たちはこのような免疫の仕組みを使って、撃退することができるのです。
ワクチンについて話します。ウイルス感染を模した形でワクチンを接種します。そうすると、最初に刺激を受けるのが自然免疫。これが活性化すると、次に獲得免疫が働きます。必ずこういう順番です。自然免疫が活性化されると、食細胞がウイルスを殺します。獲得免疫が働くと、少なくとも3種類のリンパ球が働きます。一番大事なのがヘルパーT細胞という獲得免疫の司令塔で、この細胞が例えばB細胞に指令を出すと、B細胞がコロナウイルスに対する抗体を作ってウイルスを殺します。あるいはヘルパーT細胞が自分の兄弟であるキラーT細胞に指令を出すと、キラーT細胞がコロナに感染した細胞を殺します。これらの4つの細胞が、順番に働くとウイルスが完全に体から排除されます。
最初の段階の自然免疫だけでもウイルスを殺すことができます。しかし自然免疫だけで感染を防げなかった場合は、獲得免疫の出番です。これまで分かっていることは、先天的に抗体を作れない人でもこの病気から回復しています。ということは、抗体は大事だけれども、抗体だけで我々はウイルスを排除しているのではなく、免疫の全てのメカニズムがウイルスの排除に効いているということになります。獲得免疫で考えますと、私は抗体よりも、むしろ2種類のT細胞の方が大事なのかもしれないと考えています。大事なことは、体の抵抗力、免疫力というのは、自然免疫と獲得免疫の両方を合わせたものであるということです。
抗体といっても善玉、悪玉、役なしの3種類ある
次に抗体について説明します。皆さんワクチンを打つと抗体ができ、抗体ができるとこの病気が治るとお考えのようですが、抗体には実は、善玉、悪玉、役なしの3種類があります。まず善玉抗体というのはウイルスを殺す、ウイルスの働きを止める抗体。医学用語では中和抗体と言います。一方、悪玉というのは、ウイルスの感染を促進してしまう、病気を悪くする抗体のことを言います。役なし、というのはどちらも持っていない抗体のことです。抗体というのは善玉、悪玉、役なしの3種類がそろったものをいいます。
ほとんどのウイルス、例えばインフルエンザがそうですが、多くのウイルスによる感染症の場合、善玉抗体が主にできるために病気が治ります。しかしエイズでは感染後に抗体はたくさん作られますが、ほとんどは役なし抗体ですのでウイルスを殺せません。猫もコロナウイルスに感染するのですが、ウイルスのワクチンを作って猫に接種したところ、病気はむしろ悪くなりました。調べてみると、抗体はたくさんできているものの、多くは悪玉抗体だったのです。善玉抗体だけができるとは限りません。
どのくらい抗体ができているとか、多いとか少ないとかいう話がよく出ますが、抗体の量だけを測ってもあまり意味がありません。善玉がどれくらいできたのか、ということをきちんと計らないといけないのですが、善玉抗体の測定は残念ながら民間の機関ではできず、高度の設備を持つ研究室しかできません。
新型コロナウイルス感染症の場合、軽症の人ほど作る抗体が少なく、重症の人ほど作る抗体の量が多いことが分かっています。もし作られる抗体が善玉であったなら重症者にはなりません。抗体量が多ければ、軽症者になるはずなのに逆の状況になっています。
一方、新型コロナから治った人をみると、善玉抗体ができているのは間違いありません。重症者は抗体量が多いと言いましたが、おそらく善玉抗体以外の、例えば役なしの、あるいは悪玉の抗体もたくさん作られています。それらのバランスがうまくいかないので重症になると考えられます。知りたいのは、何が善玉、役なし、悪玉の抗体をそれぞれ作るかということです。非常に大きな個人差があるようですが、どのような人がどのような抗体をどの比率で作るかは、残念ながらまだ分かっていません。
先ほど免疫が働くためにはB細胞だけではく、T細胞も大事という話をしました。では、この新型コロナウイルスに関してT細胞は何をしているのかについて最近分かってきたことがあります。世界7カ国で同様の知見が得られていますが、ウイルスに感染していない人の2〜3割にウイルスに反応できるT細胞が存在するというのです。これは免疫学者にとって驚きです。普通は感染していない病気に対しては、その原因ウイルスに反応するT細胞はほとんど検出できないのですが、新型コロナの場合は感染していない正常人の2〜3割に、既に新型コロナに対するT細胞がいるということなのです。
現在分かっていることは、このコロナウイルス反応性のT細胞は別の種類のコロナウイルスに反応してできたようで、こういう免疫を交差免疫と言います。Aというウイルスに感染したらBというウイルスに対して交差免疫ができた、という言い方をします。どうもそういうことであるらしい。現在、風邪を起こす4種類のコロナウイルスが知られていますが、そういったウイルスにかかると新型ウイルスに対する交差免疫ができるのではないかと考えられています。
新型コロナウイルスと数年は付き合う必要-生活リズムは大事
ここで誰でも思うことは、何らかのコロナウイルスに感染したことがあると新型コロナウイルスにもかからないのですね、ということになるのです。しかし残念ながら、そこのところはよく分かっていません。リンパ球は無数のクローンからなる細胞で、1つの細胞は1種類の抗原の受容体を持っています。例えば細胞に、あるコロナウイルスが結合するとこのクローンだけがどんどん増えていく。新型コロナにかかったことがない人もこのような細胞ができていることがあります。
しかし、問題はこの細胞が我々の体にとって良いことをしてくれるのか、悪いことをするのか。つまりコロナウイルス反応性の抗体を持っている人が新型コロナになりにくいのか、それともなりやすいのかということは残念ながら分かっていません。
なぜ分からないのかというと、新型コロナウイルス感染症の発生率が低く、感染のひどい国でも1000人に数人程度しか感染しないからです。こういう研究はこれまで百人単位でしか行われていないので、百人単位で見ているとコロナ感染症は出てきません。よほど感染のひどい国でも数万から数十万人以上の人を調べないと、こういうコロナ反応性のT細胞を持っている人がコロナにかかりにくいのに重症化しやすいのか、コロナにかかりやすくて重症化しやすいのか、は分かっていない状況にあります。
おそらく私たちの何割かはコロナウイルスに対する免疫をある程度持っているが、それが良いように働くのか悪いように働くかはまだ分からない。従って私たちはこのウイルスに対して注意深く付き合わないといけない――と私は思います。この新型ウイルスに対して集団免疫は簡単にはできないと考えられるので、おそらくこのウイルスとは数年は付き合っていかなければならないでしょう。
では我々はどうしたらいいのでしょうか。コロナウイルスを避けるために必要な基本的なことをしっかりした上で、体の免疫力を維持することが大事です。そのために最も大事なことは生活リズムを崩さないこと。体内時計がうまく刻むようになると、食欲が出て、夜もよく眠れ、同時に免疫力も維持できます。もう1つ、体を動かすことも非常に大事です。体を動かすと骨や筋肉を使います。実はこの免疫力の維持に大事な免疫調整物質は筋肉と骨からたくさん作られています。しかも運動をすることによってそれら多く作られることが分かっています。
最後にもう一つ、コロナに関して正しい知識を得ること。それが「怖がらずに恐れる」ということになります。筋道を立てて考える習慣をつけることが、このウイルスに対しては最も大事なことです。それができると、自分自身に「アラート」を出せ、自分の身は自分で守ることにつながると思います。当面は我々自身が然るべき努力をすることによって、ウイルスと付き合っていく――ここが一番大事だと考えています。
(内城喜貴/サイエンスポータル編集部)
続いて「YOUTUBE」です。
【ダイジェスト】宮坂昌之氏:コロナに負けない免疫力をつけるために
19,016 回視聴2020/05/09
videonewscom
チャンネル登録者数 7.6万人
http://www.videonews.com/marugeki-tal...
Vimeoで購入する▶https://vimeo.com/ondemand/marugeki996
マル激トーク・オン・ディマンド 第996回(2020年5月9日)
ゲスト:宮坂昌之氏(大阪大学名誉教授)
司会:神保哲生 宮台真司
私たちの身体には病原体の侵入や拡散を防ぐためのさまざまな仕組みが存在する。皮膚表面の角質や、気道や腸管内部の粘液、唾液、涙などの「物理的なバリア」には、「化学的バリア」として機能する殺菌性の物質が含まれ、相互的に機能している。そしてそれらの壁を乗り越えて入ってきた外敵に対しては、白血球が殺菌性物質を放出したり食べたりして戦ってくれる。これは「細胞性バリア」という。物理的、化学的、細胞性バリアを「自然免疫機構」と呼ぶ。そして、「自然免疫機構」が破られた時に出てくるのが、2種類の白血球とリンパ球から成る「獲得免疫機構」だ。これは一度出会った病原体を記憶する「免疫記憶」という能力を持っていて、特定の病原体を選択的にやっつけてくれる。ワクチンはこの機能を利用したものだ。
今、世界的に猛威を振るっている新型コロナウイルスは人類にとっては未知の存在、つまりこれまで出会ったことのない病原体だった。だから、まだわれわれには新型コロナウイルスに対する免疫記憶が備わっていないため、「獲得免疫機構」には期待できないが、とはいえ自然免疫機構は第一線の防御として常に働いている。
免疫学が専門の宮坂昌之・大阪大学名誉教授は、高い免疫力を維持するためには、栄養や睡眠をしっかり取り、暴飲暴食を避け、ストレスを貯めず、適度の運動をすることで、免疫レベルをあげておくことが、新型コロナから身を守ることにつながると語る。
免疫学の第一人者の宮坂教授に、そもそも免疫とはどのようなもので、いかに機能するのか、新型コロナに対する免疫は獲得できるのか、ワクチンはいつ頃できるのか、どうすれば免疫力をつけられるのか、などについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が聞いた。その他、PCR検査がなかなか増えないことに対する安倍首相と専門家会議の説明をどう見るかなど。
【プロフィール】
宮坂 昌之(みやさか まさゆき)
医師・大阪大学名誉教授
1947年長野県生まれ。73年京都大学医学部卒業。81年オーストラリア国立大学ジョン・カーティン医学研究所博士課程修了。PhD(免疫学)。スイス・バーゼル免疫学研究所メンバー、(財)東京都臨床医学総合研究所・免疫研究部門部長、大阪大学大学院医学研究科教授などを経て、現在は大阪大学名誉教授。著書に、『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』、共著に『免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か』など。
宮台 真司 (みやだい しんじ)
東京都立大学教授/社会学者
1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。
神保 哲生 (じんぼう てつお)
ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹
1961年東京生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。
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(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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最新免疫学から分かってきた新型コロナウイルスの正体―宮坂昌之・大阪大学名誉教授
2020.12.25
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