素粒子にも意識がある!? 生命の定義を問い直す「宇宙=生命体」論の端緒
文=権藤正勝さんより
僕が興味を持ってる所と面白いと考えてる所を抜粋しました。後は中身を開いて読んでくださいね。😊😊😊😊😊。
量子論で崩れはじめた科学の礎
同時に複数の場所に存在でき、だれも見ていないときには存在しない。時空を超えて瞬時にコミュニケーションを取ることができ、物理的に通り抜け不可能な障壁を難なくすり抜け、人に見られることで物質化する。
霊魂の説明ではない。量子の性質の話である。
現在の量子物理学の根幹をなす量子力学が、シュレーディンガーやハイゼンベルクらにより数値的に整理されたのは、1925年ごろからとされている。まだ100年にもならない若い分野だ。それが今、世界の見方を大きく変えようとしている。
量子物理学の発展により、物質の存在事態があやふやになってきた。確かに身のまわりには、見えて、触れて、観察できる物質が存在する。しかし構成要素を素粒子にまで分解すると、そこには物質の存在が不確定となる世界があった。素粒子は量子であり、確率として存在するだけで、観察するまで状態は確定しないのだ。
最近、マクロな視点でも非実在性(だれも見ていない間は存在していない)の可能性が指摘されている。NTTと米イリノイ大学の実験で、量子から見れば巨視的状態となる電流状態で非実在性が確認されたという。
これまで意識の謎を解明するには、脳という物質が対象とされてきた。しかし、この手法で謎が解明されていないのは周知の事実である。そこで、ここにきて、ポスト物質主義を唱える学者が現れはじめた。
米アリゾナ大学のゲイリー・シュワルツ教授によると、臨死体験や超能力を科学として取り扱わないのは、イデオロギーの問題であるという。これらを避けること自体が、非科学的だというのだ。科学界を敵に回す主張だが、今ではポスト物質主義に賛同する学者が多数、現れている。
ウイルスは生物か生命か
中央ヨーロッパ大学の准教授フィリップ・ゴフによると、木や石や電気も意識を持っているという。神道的な考え方だが、これは「パンサイキズム」と呼ばれる科学理論なのである。
話を進めるにあたり、意識、生命、生物について考えてみよう。これらは同じもののようにも感じるが、微妙に異なっている。科学的な定義が与えられているのは、生物のみである。
生物学者が考える生物の定義は明快かつ簡単だ。外界と隔へだてる細胞膜を伴った細胞構造を持ち、内部の恒常性を維持できること。遺伝子としてDNAを持つこと。エネルギーを変換できること。自己複製を自己内でできること、などだ。
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