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NTTドコモが「6G戦争」で米中を打ち負かすための「絶対条件」
輝いていたあの頃を取り戻せるか 20200128
町田 徹 経済ジャーナリスト
1960年大阪府生まれ。少年時代、ウォーターゲート事件や田中角栄元首相の金脈問題などの報道に触発されて、ジャーナリストを志す。日本経済新聞社に入社、金融、通信などを取材し、多くのスクープ記事をものにした後、独立。2007年3月、月刊現代 2006年2月号「日興コーディアル証券『封印されたスキャンダル』」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」大賞を受賞した。現在、ゆうちょ銀行社外取締役も務める。著書に『日本郵政-解き放たれた「巨人」』(日本経済新聞社刊)、『巨大独占NTTの宿罪』(新潮社刊)など
主導権争いはもう始まっている
5G(第5世代移動通信システム)の開発と商用化で出遅れた反省から、2030年代の実用化が見込まれる6G(第6世代移動通信システム)の標準化に官民を挙げて取り組もうという機運が盛り上がっている。
総務省が1月27日に有識者会議を立ち上げ、今夏までに6Gの実用化に向けた工程表や政策支援策の策定に着手。NTTドコモも1月22日、6G開発で目指す用途、性能、新技術などをまとめた「技術コンセプト(ホワイトペーパー)」を一般公開した。
世界では今、第4次産業革命が本格化しようとおり、その主役はAI(人工知能)やロボットが担うとされている。すなると、不可欠なのが、効率よくビッグデータを送受信したり、AIの判断を伝送したり、ロボットを操縦するには、超高性能の6Gという移動通信システムという基盤になるインフラストラクチャー(社会的な基盤)だ。
ドコモのような日本勢がこの分野で確固たる競争力を手に入れれば、そのメリットを享受できる日本企業の強みになり、ひいては日本国民の豊かで効率的な生活をサポートしてくれるはずである。
しかし、この分野は、トランプ政権による中国の通信大手ファーウェイ叩きにみられるように、一昨年来燃え盛る米中覇権戦争の次の主戦場とも目される分野だ。
果たして、日本はかつてのような存在感を取り戻せるのか。今週はこれまでの移動通信サービスの覇権争いの歴史や、中国勢の台頭という過去にない状況を強みに変える21世紀半ばへ向けた産業政策の在り方を論じてみたい。
まず、これから始まる6Gの実用化で、どのような競争に勝ち抜く必要があるか押さえておこう。
国営独占から競争の時代へ
一番にすべきは、政府とドコモなど日本の携帯電話会社が、6Gで使いたい周波数帯域や通信方式について、国連の専門組織であるITU(国際電気通信連合)で標準方式のひとつ、国際規格のひとつとしてお墨付きを得ることだ。
というのは、携帯電話やスマホを使う移動通信システムは、それぞれの国で周波数がひっ迫する中で、各国が調整して同じ帯域の周波数を割り当てて、共通もしくは互換性のある通信方式を採用する必要があるからだ。さもないと、折角の移動通信システムが国境を跨いだ途端に相互に繋がらない、使い物にならないという困った事態が発生することになる。
標準方式はこれまで、ほぼ10年に1度ぐらいのペースで更新が必要だった。簡単にその歴史を振り返っておこう。
移動通信システムの世界で、最初に本格的に普及したのは、旧日本電電公社が1979年にサービスを始めたアナログ方式の1G(第1世代移動通信システム)だ。当時の端末は、ショルダーバッグぐらいの大きさに重いことが重なって持ち運びには不便で、ハイヤーのようなクルマに装備されることが多かった。名称も、「携帯電話」ではなく、「自動車電話」と呼ばれていた。
1985年に「NTT民営化・通信自由化」が行われて、固定や衛星、国際を含めた通信の国営独占の時代が終わった。移動通信システムに競争の時代の到来を告げたのは、1988年の旧IDO(日本移動通信、トヨタ自動車系、現在のKDDIの前身の一つ)と翌年の関西セルラーグループ(京セラ系、やはり現在のKDDIの前身の一つ)の参入だ。
1992年にはNTTの移動通信システム部門がNTTドコモとして本体から独立。国内では熾烈な加入料金の引き下げ競争や端末の小型化競争が、日米間では米通信機器メーカーのモトローラが仕掛ける日米通信摩擦が勃発することになる。
日本が世界をリードしていた時代
1990年代半ば以降、日米通信摩擦の主戦場が固定通信サービスに移るまで、日米間の携帯電話摩擦は燃え盛った。
2G(第2世代移動通信システム)に属するPDC(デジタル携帯電話システム)を日本で最初に商用化したのはNTTドコモだ。非公式の話だが、当時、技術力でも資本力でもライバルを圧倒していたドコモは、サービス開始に先立つ1年間、社員や関係者にPDCを無償で配り試験的に使わせて徹底的にシステムの問題点の改修を行った、と聞く。
結果として、PDCの性能は抜群で、当初は1Gのアナログと併存したが、国内ではPDCを採用する新規事業の参入が相次いだ。
一方、海外では欧州勢の推すGSM方式に押されて、PDCは国内のような圧倒的な存在感を示せなかったため、日本政府とドコモ、日本の携帯電話メーカーは次世代での市場獲得に目標を切り替えて、PHS(簡易型携帯電話)や3G(第3世代移動通信システム)でITUベースの国際標準作りの段階から猛烈な攻勢をかけることになった。
その後は、概ね10年ごとに移動通信の世代交代が行われてきた。各国が共通で使える周波数に限りがあり、10年ぐらいで加入可能な上限に近付いてしまうほか、技術革新のスピードが速いので新技術を搭載して新たな需要を開拓したい、経済成長に繋げたいといった政府・産業側、つまり供給側の事情があったからである。
3.9G(第3・9世代移動通信システム)あたりまで、技術開発段階で世界を大きくリードし、市場に存在感を示したのが日本勢だった。
特に、神奈川県横須賀市に巨大研究所を持つNTTドコモの技術開発陣には圧倒的な勢いがあり、世界中のメーカーがその周囲にドコモとの協力のための研究所を配置したほどだ。基地局設備や端末開発で、ドコモの手厚い支援を受けた日本のメーカーも強い国際競争力を誇っていた。
栄光の時代からの転落
日本勢が最も輝いていたのは、3Gの商用化の時だろう。時は2001年。北欧勢と組んだNTTドコモが、世界に先駆けて日本で「W-CDMA」方式で商用サービスを開始。翌年には、米国のクアルコム社の技術も取り込んだ「CDMA2000」方式を採用したKDDIグループと、ドコモと同じ「W-CDMA」方式を採用したJ-PHONE(現ソフトバンク)が追随した。
後にアメリカの投資銀行モルガン・スタンレーが発表した調査報告によると、2008年時点で、日本国内の3G普及率は84%と、第2位の北米地域の29%、第3位のヨーロッパ地域の25%を大きくリードしていた。
それだけに、日本の力を押さえようという欧米諸国・企業の警戒感は強烈で、国連のITUの場での標準化議論では、思うように日本の提案が通らず、何度も煮え湯を飲まされることがあった。
圧倒的な強さに異変が生じ始めたのは、4G(第4世代移動通信サービス)くらいからだ。
1985年から進めてきた国策の通信の自由化や競争促進の結果、通信料金が下がり、消費者にとってのメリットは大きかった。しかし、依然として日本のトップクラスの収益力を誇っていたものの、NTTグループとNTTドコモはかつてほど多様な分野で基礎研究まで手広く万全の研究開発を進める財務的な余裕を失った。
結果として、日本で今年初夏頃に商用サービスが始まる5Gは、米国と韓国が昨年4月に、中国が同11月にすでに商用サービスを始めている。つまり、米韓国のほぼ1年遅れ、中国の5ヵ月遅れになる見通しで、国際標準作りで覇を争ったかつての姿は見る影もない。
5Gを武器に侵攻する中国
技術コンサルティング会社のサイバー創研によると、5Gの標準規格に関する必須特許の出願件数は、韓国のサムスン電子が全体の8.9%を占めて首位。中国のファーウェイが8.3%で2位、アメリカのクアルコムが7.4%で3位と続き、日本勢でトップのNTTドコモは5.5%で6位にとどまったという。
官民はここに来て、5Gの出遅れに焦りを感じたのだという。巻き返しを目論み始めた。その判断は、現下で進む第4次産業革命を考慮すれば当然もことだ。
今後2、30年間に進む変革の主役は、AIやロボット、シェアリング・エコノミー、街ごとインターネットに繋がるスマートシティなどになる。それらのイノベーションを支えるインフラを考えれば、ビッグデータをやり取りする移動通信システムは、欠かすことのできない存在になるからである。
実際、中国はまさに進んだ5G通信網というインフラを武器に、中国国内で世界最先端のフィンテック・サービスを展開し始めている。背景として、習近平・指導部が2015年に発表した2025年までに「世界の製造強国」になるという「中国製造2025」の存在があることは明らかだ。
中国勢はすでに高い通信分野で技術水準を有するだけでなく、システムの導入コストが安いという武器も持っている。今後は、世界各地の都市でインテリジェント化などのプロジェクトを続々と受注して、強固な中国経済ブロックを築いても不思議はない。
それでは、6Gは5Gと比べて何が凄いのか――。この疑問については、これから2030年代の実用化を目指して検討しようという段階なので、明確に、ここが凄いと言えるような確固たるものはまだない。
しかし、NTTドコモが一般公開した「技術コンセプト(ホワイトペーパー)」が大変参考になる。というのは、これぐらいのスペックが必要ではないかということのリストそのものだからである。その中身を少し紹介しておこう。
「6G」はどうスゴいのか
NTTドコモのホワイトペーパーは、主に6分野に分けて必要なスペックを記述している。
第1が、超高速・大容量通信だ。5Gも同時にいくつもの動画を送受信できる高速・大容量通信だが、6Gはその5倍に当たる毎秒100ギガビットを超える伝送速度が必要としている。
第2が、送ったら遅れることなく届く低遅延性能、第3が、データが破損することなく正確に届く高い信頼性だ。第4が、超多数のAIデバイスに接続できる機能、第5が、ほとんど充電の必要のない超低消費電力型の端末。
そして、第6、極め付きが通信のカバーエリアだ。4Gや5Gは高度1万メートルの上空とか、陸地から200カイリ離れた遠洋(海)や、宇宙空間には通信を繋ぐ基地局が無く、携帯電話やスマホが使い物にならない。しかし6Gではそういうところでも通信できるようにするべきではないか、とドコモは問いかけている。そんなスマホなら筆者はすぐにでも欲しいし、早く実用化してほしいものである。
ここで立ちはだかるのが、過去の標準化競争でもドコモや日本勢を苦しめてきた欧米勢に妨害工作だ。同様の事態の再発をどう防ぐのか。
ここで筆者が指摘したいのが、かつてとの環境の違いである。
かつて、NTTドコモが存在感を放った3Gの国際標準の初期段階で起きた“事件”を紹介しておこう。ITU、つまり国連ベースでの議論の前、具体的には1995年3月に、日米欧3極の交渉関係者が密かにポルトガルのリスボンで集まって開いた国際会議の席上での話である。
日本勢が米中を打ち負かす方法
議論のテーマは、加盟国が200近くもあるITUに先進3極としてどう結束し、どんな提案を行い、ITUの議論をリードするかというものだったが、会議は物別れに終わった。原因は、米国の日本とEU(欧州連合)に対する警戒感だ。
日欧をライバルと見なした米国は、自国企業最優先の提案をITUで行うと主張し、日欧が取り付くシマもなかったというのである。当時は東西冷戦が終わり、デタントの時代だったため、3極は安全保障面で同盟関係にありながら、経済的な利害で激しく衝突するのが当たり前の時代だった。
これに対して、現在は米国が米国との経済戦争を引き起こしている時代だ。なりふり構わずファーウェイ製品を締め出すよう同盟国に迫り、ファーウェイ叩きをしていることで明らかなように、通信分野の競争は経済戦争だけでなく、安全保障面の覇権にも深刻な影響を及ぼしかねないと米国が危機感を強めている時代なのだ。
日本政府やNTTドコモを含む通信事業者・メーカーが、この状況を利用しないという選択肢はないだろう。
一義的には、米国の同盟国として、米国の経済・安全保障の覇権強化を援護する中で、日本勢に有利な国際標準作りの協力を取り付けることが考えられる。米国が頑なに耳を傾けようとしなければ、米中両国の仲介役を買って出るとか、米中双方に協力する姿勢を示しながら、日本にも有利な標準作りを目指す道もある。
実際、ドコモの親会社のNTTは6Gの実用化に向けて、基地局同士を結ぶ有線網の構築でマイクロソフトを始めとした米国企業とのアライアンス構築に余念がない。
これからの経済社会の趨勢と国際情勢を睨んで、したたかに、その状況を有利に使うことで、6Gの国際標準化競争を勝ち抜いてほしい。筆者は心からエールを送りたい。
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