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交通渋滞による12兆円の経済損失解消に貢献する―― 量子コンピューティング技術が導く、未来の自動運転社会とは
プロフィール
須田 義大 氏
1959年東京都生まれ。87年東京大学大学院修了、工学博士。法政大学を経て90年に東京大学生産技術研究所助教授、2000年より同教授、さらに14年より次世代モビリティ研究センター長を勤める。車両制御動力学などに関する研究に従事。
坂口 孝則 氏
1978年佐賀県生まれ。大阪大学経済学部卒業後、メーカーの調達部門で調達・購買、原価企画を担当。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等、数多くのメディアでも活躍。著書は『調達力・購買力の基礎を身につける本』『結局どうすりゃ、コストは下がるのですか?』(ともに日刊工業新聞社刊)『牛丼一杯の儲けは9円』『1円家電のカラクリ0円iPhoneの正体』(ともに幻冬舎刊)『会社が黒字になるしくみ』(徳間書店刊)など20冊以上。
田部井 亮
1976年、東京都生まれ。中央大学大学院理工学研究科修士課程修了後、富士通に入社。2012年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了。サーバ用OSの研究開発、米国にてデータベースの高速化開発を経て、現在デジタルアニーラの開発・コンサルティングを担当。
約12兆円――これは国交省が試算した、全国の交通渋滞による年間の経済損失額です。日本では経済面や環境面においても、交通渋滞の解消は深刻な課題の一つとなっており、自動運転をはじめとする最先端テクノロジーに期待が高まっています。交通渋滞は道路工事や交通事故、また各車両の車間距離等、複合的な要因で起こりますが、本格的な自動運転社会が到来すると、交通渋滞はどうなるのでしょうか。東京大学において次世代モビリティ研究センター長を務める須田義大教授と、数多くのメディアで活躍しサプライチェーンにも詳しい経済評論家の坂口孝則氏に、これからの自動運転社会について話を聞きました。
現状の自動運転車の弱点は“融通性のなさ”
自動運転車が本格的に普及すると、一般的には渋滞軽減に一定の効果があるとされています。その一方で、2018年6月27日に世界経済フォーラムとボストン・コンサルティング・グループが発表した報告書は、自動運転社会で交通渋滞は悪化すると予測しています。前提条件が同一ではないとはいえ、専門機関のバラバラの未来予想をどうみれば良いのでしょうか。
東京大学モビリティ・イノベーション連携研究機構長で生産技術研究所次世代モビリティ研究センターの須田義大教授は、こう解説します。
「交通渋滞に関する見解は、想定している自動運転のレベルで変わってくるものだと思います。米国自動運転技術会の定義では、自動運転はレベル5を最高とした5段階に分類されており、現時点で実現されているのはレベル2。人間のドライバーが常時対応する、あくまでも部分的な自動運転の段階です。今後は段階的にレベルが上がっていくことになるかと思いますが、いきなり全ての自動車がレベル3なりレベル4になるわけではなく、実際には相当な時間を要することになるでしょう。そうした“移行期”においては、なかなか交通渋滞というものは緩和されないのではないかと、私も思っています」
「自動運転社会が訪れても、制度を改正したり別のイノベーションと掛け合わさなければ交通渋滞は解決しない」と語る須田教授
須田教授が自動運転車の“弱点”と指摘するのは、融通性のなさ。きっちりルール通りの走行を堅守することが、落とし穴になると言います。
「まさに自動運転車の公道走行を認めるための改正道路交通法の施行に向けて議論が重ねられている中ですので、非常にデリケートな部分ではありますが、自動運転は道路交通法をきちっと守ることを前提に運用しようとしています。当然、制限速度や信号、車間距離などを守るわけですが、良くも悪くも人間のようにフレキシブルに運転してくれないことで、渋滞を引き起こしかねないのです。もちろん人間のいい加減な運転が渋滞の要因になることも多いので一長一短ではありますが、自動運転車のきっちりした走行が渋滞の種になる可能性もある。ですから、より賢い自動運転の開発や、自動運転時代に合わせたルールとか道路のインフラの設計とか、そういうのを整備していかなきゃいけないと感じています」
自動運転社会の交通渋滞緩和には“全体最適化”が必要
現在の自動運転は、一台一台の車の移動を最適化する“個別最適化”の段階。本格的な自動運転社会になった時に、“全体最適化”するにはどうしたらいいのか、というのは次のステップに至る上での重要な課題――須田教授はそう語ります。
「特に非常時ですよね。周囲で事故が生じた場合などでも、臨機応変に全体最適化されたルートをサジェストしてくれるようなシステムが望まれます」(須田教授)
そこで期待されるテクノロジーのひとつが、量子コンピューティング技術。
目まぐるしい技術革新に伴い、扱われるデータ量が膨大になっている今、高度で複雑な計算を瞬時に解くことができる量子コンピュータが注目されています。しかしながら、現在の量子コンピュータは量子状態維持のために絶対零度まで冷やさなければならず、また一回の実験に莫大なコストがかかるなど、扱いの難しさから普及へのハードルの高さがネックとなっています。そこで富士通が開発したのが、量子コンピュータが得意とする処理能力の一部を、扱いやすいデジタル回路上でも可能にした「デジタルアニーラ」。現在デジタルアニーラを活用できる分野として考えられているのが、自動運転社会における交通渋滞解消への取り組みです。
(参照)
夢の計算機「デジタルアニーラ」はクオリティ・オブ・ライフへの最適解を導き出せるか
富士通の田部井亮は次のように説明します。
富士通株式会社 AIサービス事業本部 プラットフォーム事業部の田部井マネージャー
「通常のカーナビを使った場合、車両ごとの渋滞回避ルートが提示されるのですが、結果としてほぼ同じルートが提示されてしまうので、その道に自動車が集中して渋滞を引き起こすこととなります。これは個別最適化されたルートを提示しているから。しかしデジタルアニーラなら、各車両に経路の重なりをできるだけ分散させ、仮に出発地と目的地が一緒でも、車両ごとに異なるルートを提示します。つまり全体最適化されたルートを教えてくれる。結果、交通渋滞を緩和する…というより、はじめから交通渋滞を起こさせないようにすることができます」(田部井)
組み合わせ最適化で交通渋滞を回避する?量子コンピューティング技術が導く“未来の自動運転社会”
富士通のシミュレーションでは、デジタルアニーラにより全体最適化された経路を車が通った場合、全ての車の移動時間が合計40%減るという試算が出ています。さらに、交通事故や自然災害等で通行止めが発生した場合も、その道を回避した上で全体最適化された経路をデジタルアニーラが素早く提示。不測の事態が起きても、また目的地が変わっても、すべての車の配置を一瞬で計算してくれるため、渋滞を大幅に緩和できるといいます。
理想の自動運転社会は、「信号がなくても安全に走れる世界」
「もし、シミュレーションのように機能するのであれば、信号がなくても自動車が安全に行き交う世界になりますよ」――そう期待まじりにそう語るのは前出・須田教授。
須田教授の理想の自動運転社会は「信号がなくても安全に走れる世界」の実現
「交通信号というものは、複数の目的で一つの交通路をシェアするために目的別に時間を割り当てるために必要なのですね。ですから、道路を走る自動車の密度が高ければ、必然的に信号がないと安全が保たれない。しかしながら、デジタルアニーラがルートを提示するだけでなく、お互いどういう速度で走りなさいと瞬時に自動運転車に指示してくれれば、信号がなくても交差点をすり抜けることができる。私は常々、信号がない世界を理想だと思っていましたが、デジタルアニーラであれば、そうしたことを可能にしてくれるかも…そんな期待を持ってしまいますね」(須田教授)
交通渋滞緩和による経済効果は計り知れない
国交省が試算した、全国の交通渋滞による年間の経済損失額は、約12兆円――。本来、有効活用できる時間が渋滞によりなくなることで生産活動も購買活動も抑制されるなどして、これほどまでに甚大な損失を被ることになると言われています。
デジタルアニーラ実装シミュレーションでは、交通渋滞は約40%軽減されることになっています。これを国交省の試算に重ねると、単純計算で、日本全国で4兆8000億円も損失を取り戻すことができます。また東京だけに絞って考えれば、約9600億円の経済効果が期待できることにはなります
* 日本のGDPの2割が東京
製造業のサプライチェーンに詳しい調達・購買業務コンサルタントで経営評論家の坂口孝則氏はこう語ります。
「交通というのは日本全体の血流を表すもの。血液がスムーズに流れるということ、すなわち移動がしやすいということは、経済活動が健全化することになります。たとえば私は仕事でインドに行くことがあるのですが、あの国では北から南までトラックで物を運ぶとなると何日間も要するわけです。あれだけIT大国でありながら、そのような交通網の問題があるため、Amazonのような先端の物流サービスが出てきづらいんですね。でも、日本はそうではない。すでに日本列島津々浦々まで交通網は整備され、さらに交通渋滞が大幅に緩和されるとなれば、新たなサービスを生み出しやすい土壌となる。そうなれば対外国人の投資も呼びやすくなりますし、直接的にも間接的にも経済に寄与することになるでしょう」
日本の物流には無駄が多いと指摘する経営評論家の坂口氏
一方、坂口氏は物流業界が抱えるある問題を指摘。物流トラックの積載率問題である。
「現在、日本の物流トラックの積載率は50%程度といわれています。日本の場合、各社で物流手段の共有化が行われておらず、往路に荷物を運んだら、復路は空気を積んで帰ってくるという『ワンウェイ方式』が多いため、非常に効率が悪いです。ですから交通渋滞の緩和も重要ですが、それと同時に別の無駄も省く努力をする必要があると思います」(坂口氏)
全体最適化による交通渋滞の緩和で、それまで阻害されていた生産活動にかける時間が取り戻せれば、間違いなく経済効果に寄与する――。坂口氏はそう語りつつも、一方で「物流にとって交通渋滞以上に重要な問題は、物流の受給を正確に把握し、伝達すること」と続けます。
「百貨店で商品がプラスマイナス10個必要という場合、変動に備えてプラマイ20個で発注をかけると、業者はさらに備えてプラマイ40個用意、さらに川下のメーカーは最終的に160個ぐらいの変動に備えなければいけません。いわゆる『ブルウィップ効果』と言われるもので、サプライチェーン上を遡れば遡るほど、より多くの在庫を抱える必要があり、それが甚大な損失にもつながっている。もしデジタルアニーラで受給を正確に伝達できれば、こうした無駄も防げるし、大きな経済効果を生むのではないかと思います」(坂口氏)
デジタルアニーラには新しいビジネスチャンスも期待できる
デジタルアニーラを交通システムに実装すれば、渋滞の緩和のみならず、様々な“副産物”を生むことが期待されています。都市部の渋滞が解消されれば救急車や消防車がより素早く現場に到着でき、被害の拡大を防ぐこともできるでしょう。もちろん渋滞緩和で排ガスが削減されれば、環境問題解決にも大きく貢献できます。
さらに注目すべきは経済予測。運輸活動と経済活動は密接に関係していますが、デジタルアニーラですべての自動車に最適な経路を提示できるということは、すなわち運輸活動の詳細データを把握することにもつながります。運輸活動のデータが取れれば、かなり確度の高い経済予測を立てることが可能となります。
「正確な経済予測が立てられれば、あらゆるビジネスに恩恵をもたらすことができる」と坂口氏
「これが本当に実現するのであれば、大きな経済効果があると思います。確度の高い予測をもとに、無駄のない人材の投入と、備品調達、生産調整などができれば企業、ひいては日本経済全体にとって利益につながることになるでしょう」(坂口氏)
デジタルアニーラの持つ組合せ最適化問題処理能力はとても汎用性が広いもの。新薬開発における化学原料の配合や、人員計画の最適化、株式投資ポートフォリオの作成など、多岐にわたって活用されることが期待されています。
最後に田部井が、デジタルアニーラの未来予想をこう語ります。
デジタルアニーラの「今後」について語る田部井マネージャー
「現状で様々なシーンでデジタルアニーラが応用できると考えておりますが、まだ我々が発見できていない分野もたくさんあるはずです。今後の課題は、社会課題の中から、どのようなものにデジタルアニーラがハマるかを把握すること。そして、それぞれにアプローチしていくことだと思っています」(田部井)
デジタルアニーラの実用化へ向けての道は始まったばかり。これからの展開に注目です。
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