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「トランプ政権と福音派」(時論公論)髙橋 祐介 解説委員 2018年03月01日 (木)
アメリカで最も著名なキリスト教の牧師が亡くなりました。
福音派と呼ばれる保守的なキリスト教徒に大きな影響を与え、歴代の大統領とも親しい関係にあったビリー・グラハム師です。
キリスト教の価値観が、政治と分かち難く結びついている国=アメリカ。
アメリカ最大の宗教勢力とも言われるキリスト教福音派の現状と、福音派を重要な支持基盤としているトランプ政権との関係を考えます。
トランプ大統領は、故人を称え、「アメリカは祈りによって支えられている国だ」と述べました。
大統領は今週末、南部ノースカロライナ州で営まれる葬儀にも参列を予定しています。
ひとりの宗教指導者が、時の政権によって、これほど手厚く追悼されたのは異例です。
ビリー・グラハム師は、聖書を重んじるエバンジェリカルズ=福音派を代表する指導者でした。
伝道活動は、全米各地にとどまらず、世界185の国と地域に及び、2億を超える人々に教えを説いたとされています。
第2次世界大戦後、トルーマン以降、歴代すべての大統領と親しい関係を結んだことでも知られています。
党派の違いを超えて尊敬を集め、“アメリカの牧師”と呼ばれました。
成功の秘訣は、ラジオやテレビなど、当時の最新のメディアをいち早く布教活動に取り入れたことでした。
わかりやすい語り口で大衆をひき付け、冷戦時代は共産主義を批判し、黒人の公民権運動の時代には人種差別に反対するなど、政治や社会問題にも発言しました。
しかし、80年代以降、ほかの福音派の指導者らが保守的な政治運動を起こしても、グラハム師は一線を画し、特定の党派色を帯びることには最後まで慎重でした。
そうした福音派は今、どれぐらいの規模を持つのでしょうか?実は、福音派は特定の教派を指すのではありません。
聖書の信仰に目覚めた保守的なプロテスタントの総称です。
このため、福音派をどう定義するかによって、答えは様々に異なります。
「あなたは信仰に目覚めて生まれ変わった、いわゆるボーン・アゲイン、または福音派ですか?」とたずねると、だいたい40%前後が「自分は福音派だ」と認識していることがわかります。
ただ、その中には、客観的に見て、保守的とは言えない人も含まれている可能性は残ります。
プロテスタントの中で保守的な教派や、特定の教派に属さない人々らをあわせると、近年の調査では、だいたい25%前後になるのです。
つまり、アメリカ国民のおよそ4人に1人が福音派。
アメリカ最大の宗教勢力とも言われている所以です。
歴代の大統領たちは、福音派を象徴する存在となったビリー・グラハム師に積極的に近づきました。
「精神的な助言を求める」というのが理由でした。
大統領は日々、決断を迫られる重圧にさらされていますから、信仰に救いを求めたくなる時もきっとあるのでしょう。
ただ、大統領は政治家です。
グラハム師と近づくことで、有権者に対し、自分は敬虔なクリスチャンだとアピールしたい思わくがあったとしても不思議はありません。
有り体に言えば、国民の4人に1人を占める福音派からの支持なしには、選挙に勝てない現実があるのです。
保守的なキリスト教徒を支持基盤とする共和党の大統領はもちろん、リベラルな民主党の大統領も、とりわけ保守的な南部の各州で、党内の予備選挙を勝ち抜かなければなりませんから、事情は同じです。
おととしの大統領選挙では、トランプ候補が、福音派から圧倒的多数の支持を集めたことが、勝利を決定づける要因のひとつになりました。
出口調査では、福音派からの支持率は81%に上りました。共和党の大統領候補としては、近年突出して高い数字です。
副大統領候補だったペンス氏が福音派だったという事情はあるにせよ、トランプ氏は、過去に2度離婚を経験したり、福音派が強く反対する妊娠中絶を容認する発言をしたりしたことが問題とされていました。
それなのに、なぜ敬虔なキリスト教徒のイメージとはほど遠いように見えるトランプ大統領を、福音派の多くは今なお支持しているのでしょうか?理由はいくつか考えられます。
まずトランプ大統領は、最高裁をはじめ連邦判事に保守派を選ぶと公約し、実際そうした選任を進めています。
妊娠中絶などに強く反対し、司法の場でこの問題が容認に傾くことに歯止めをかけたい福音派には、いわば望みどおりの展開です。
また、トランプ氏は、イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転すると公約し、就任後の今、実際に今年5月に移転を実現する方針だとしています。
福音派の多くは、聖書に基づいてイスラエルを擁護するという立場ですから、こちらも望みどおり。
さらに、アメリカの税法にはジョンソン修正条項といって、教会など免税措置を受ける非営利団体が、選挙で特定候補を応援したり反対表明したりすることを禁じる規制があります。
トランプ大統領は今この条項を撤廃して、宗教団体による政治参加を広げるよう目指しています。
ビリー・グラハム師の後継者で、息子のフランクリン・グラハム師は「トランプ氏こそ神から遣わされた大統領だ」と手放しの褒めようです。
秋の中間選挙に向けて、両者の蜜月は続き、連携は強化されていくでしょう。
アメリカの政教分離はどうなっているのか?
そんな疑問をもたれる方がいらっしゃるかも知れません。
実際、合衆国憲法は、信教の自由を保障し、国教=国の宗教を定めることを禁じています。
しかし、あくまでも特定の教会と国家の分離を求めたもので、宗教と国家の分離を求めたものではないとされています。
通貨や紙幣などにも刻まれたアメリカの国家としてのモットーは、
「我ら神を信じる」。
建国以来、培われてきたキリスト教に基づく価値観と、アメリカの政治は密接不可分です。
しかし、いま福音派に限らずアメリカのキリスト教団体は、深刻な懸念を抱えています。若者たちの宗教離れです
世論調査を見ますと、「神を信じる」という人は、生まれた年代が若ければ若いほど減っていく傾向にあることがわかります。
若者たちの価値観は多様化し、「宗教は重要」と考える人は、とりわけミレニアルと呼ばれる若い世代では、すでに半数を切っているのです。
このままでは、福音派の影響力も衰退に向かうことは避けられません。
そうした危機感があるからこそ、ビリー・グラハム師亡きあとの福音派は、政治に行動を求めるため、党派色をますます濃くしていくのかも知れません。
トランプ政権と結びつきを強める福音派。
アメリカ社会の分断はいっそう深まっていく恐れをはらんでいます。
(髙橋 祐介 解説委員)
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