【渡邉哲也】米国につくか、中国につくか 次のG7は国際版関ヶ原
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渡邉 哲也(わたなべ てつや)
1969年、愛知県生まれ。日本大学法学部卒業、貿易会社に勤務後、独立。複数の企業運営に携わる。2009年、『本当にヤバい! 欧州経済』(彩図社)がベストセラーに。『今だからこそ、知りたい「仮想通貨」の真実』(ワック)、『金融で読み解く次の世界』(徳間書店)、『「中国大崩壊」入門』(徳間書店)等著書多数。プレミアムメールマガジン「今世界で何が起きているのか」配信中。
公開日:2020年8月10日 更新日:2020年8月10日
コロナのウラで米国が進める「中国抜き」の経済構想とは― (『WiLL』2020年9月号掲載)
目次
制裁待ったなし!
ナショナリズムへの揺り戻し
「2つの世界」へ
G7で「選択」を迫る米国
制裁待ったなし!
7月1日、香港の一国二制度は終焉しました。
新冷戦時代の象徴として、後世に語り継がれることでしょう。
国際社会が習近平の横暴を許すことはありません。
同日、米下院は香港の抑圧に関与した中国当局や組織、金融機関に対して、政府が制裁を科すことを求める「香港自治法」を全会一致で可決しました。
半月前の6月18日、トランプ大統領はハワイでポンペオ国務長官と中国共産党の揚潔篪政治局員の会談が行われているなか、「ウイグル人権法」に署名しています。
これは「香港もやるぞ」という牽制でした。
ウイグルに限らず、「香港自治法」「チベット人権法」など、米国の人権法は同じ構成をしています。
効力発行後、180日以内に人権弾圧に関与した者のリストを議会に提出し、入国拒否・ビザ廃止・米国国内資産の凍結・金融システムからの排除の対象とするのです。
「米中には経済的な結びつきがある」「世界第1の経済大国が、第2の中国にそこまでやらないだろう」──いまだ日本のエリートに蔓延る希望的観測は「甘い」と言わざるを得ません。
実際に2014年、米国はロシアがウクライナのクリミア半島を併合した際、同様の制裁を行いました。
その結果、ロシアの銀行が発行するクレジットカードが世界中で使えなくなり、コルレス口座(海外送金で通貨の中継地点となる銀行)は止められ、ドル決済は不可能になったのです。
しかし、ロシアは生き残っています。
その理由は何か──。ロシアは輸出の約70%が石炭・石油・天然ガスなどのエネルギーで、そのほとんどがパイプラインを通じて欧州へ輸出されています。
これを止めれば、欧州経済はひっ迫してしまう。
ロシアは欧州経済を〝人質〟にとっていたため、米国主導の経済制裁では輸出を完全に止めることができなかったのです。
ところが、中国の経済構造はロシアと大きく異なります。
エネルギー輸入国であり、食糧自給率も80%を下回っている。
さらに最大の貿易相手国は米国です。金融制裁でドル決済システムを失えば、経済は崩壊するでしょう。
日本人には想像できませんが、中国は一般国民だけでなく、政府要人ですら自国政府を信用していません。
中国共産党幹部の資産は米国に移され、温家宝や習近平など、国家主席の親族まで米国国籍を取得しているのです。
2015年12月に公表されたCIAのレポートでは、中国から米国に不正に持ち出された資金は3.1兆円におよぶことも判明しています。
正規に持ち出された資金を含めればどれほどの規模になるのか、想像がつきません。
金融制裁が発動されれば、彼らの資産も凍結されることになる。中国経済は米国が〝人質〟にとっているのです。
香港の〝親〟である英国も動き出しました。
ジョンソン首相は国家安全法が施行された当日、香港に居住する約290万人の「英国海外市民」について、ビザなしで英国に滞在できる期間を6カ月から5年間に延長し、市民権の取得を促したのです。
英国は植民地支配の歴史から、海外市民の存在を認めています。
海外市民は「外から見れば英国人、中から見れば英国人ではない」という異質な存在で、英国や英国連邦諸国で活動することができるのです。
香港市民の英国市民権取得が実現すれば、最大で約300万人の「英国市民」が香港に存在する状況が生まれます。
国家の責務は、自国民の生命・財産を守ること。
英国は1982年のフォークランド戦争のように、離れた土地であっても自国民を守るためなら断固として戦う国です。
今回の市民権付与は、香港へ軍隊を進駐させる口実(自国民保護)をつくった、という見方もできるのです。
英国は近年、中国に対して軍事的圧力も強めています。
2017年、メイ首相(当時)が訪日した際、日英両国は「安全保障協力に関する日英共同宣言」を発表しました。
その内容はアジア太平洋地域への「英国空母の展開」が含まれるなど、安全保障条約に等しく、日英両国は準同盟関係になったといえるでしょう。
また現在、安保理決議によって禁止された北朝鮮の瀬取りを取り締まるため、米・英・仏の海軍が南シナ海、東シナ海で航行の自由作戦を行っています。
作戦中には、香港と目と鼻の先である台湾海峡も航行している。これは香港に対する威嚇の意味合いもあるのです。
ナショナリズムへの揺り戻し
国際社会は確実に中国のデカップリング(分離)へと向かっています。東西冷戦時代、世界には「2つの世界」が存在していました。
COCOM(対共産圏輸出統制委員会)などの規制により、西側諸国の資金・技術は東側に供与できなかったのです。
中国は1978年、鄧小平のもとで改革開放路線を選択します。
国際社会に最終的な自由化を約束し、西側諸国の一員として迎え入れられたのです。
米国をはじめとする西側諸国も、「経済成長を遂げ、中産階級が力を持った中国は民主化するに違いない」という〝幻想〟を抱いていました。
冷戦終結後、段階的に規制は撤廃され、東西のあいだにあった〝壁〟は低くなっていきました。
世界は「1つの世界」をめざし、人・モノ・カネが自由に移動する「グローバリズム」へと突き進んでいったのです。
中国はグローバル化によって、経済的に膨大な利益を手にします。
安価な労働力を武器に「世界の工場」となり、経済大国へとのし上がりました。
一方、かつての共産圏のような〝敵〟を失った資本主義は暴走を始め、極端に小さな政府を信奉する新自由主義が蔓延るようになります。
実体経済ではなく、金融主導型の経済構造に変化したのです。
西側諸国は旧東側諸国をはじめとする新興国に投資し、その利益を国際金融システムを用いて持ち帰るようになりました。
先進国は2次産業を中国などの新興国に任せ、サービス業に代表される第3次産業を中心に経済発展を続けます。
これを瓦解させたのが、2008年のリーマン・ショックです。
米国を中心とする国際金融資本の多くは致命的なダメージを受け、新興国に投資した資金を持ち帰ることができなくなりました。
リーマン・ショックに端を発した米国の弱体化──。
それが顕在化したとき、隠していた爪を剝き出しにして世界覇権へと動き出したのが中国でした。
新開発銀行やアジアインフラ投資銀行(AIIB)など、カネにモノを言わせて新興国を巻き込み、米国がつくり上げてきた秩序に対抗する〝挑戦者〟となったのです。
これに並行する形で習近平政権が誕生し、南シナ海・東シナ海での国際法を無視した振舞い、チベット・ウイグルへの人権弾圧に拍車がかかります。
また国際社会で主導権を握るべく、国際機関のトップに中国人を送り始めました。
たとえば国連の場合、安保理以外の委員会は「1国・1票」でリーダーが決められていきます。
中国はカネで新興国を〝買収〟し、世界の主導権を握っていったのです。
地政学的な拡張主義もとどまるところを知りません。
一帯一路政策では、世界中に「インフラ輸出」という名のもとに中国人労働者を派遣し、接収を目的としたカネ貸し──最初から払えるはずがないとわかりながらも融資し、払えないとなるとその土地や港の租借権を奪う〝侵略〟を続けたのです。
中国の覇権主義、行き過ぎたグローバリズムによる国内の疲弊──世界は徐々にナショナリズムへの揺り戻しが始まっていました。
2016年には英国がEU離脱を決め、同年の台湾総選挙では、初めて独立志向の民進党が圧勝したのです。
そして2016年11月、米国大統領選でナショナリストのドナルド・トランプが当選します。
この瞬間、世界はグローバリズムからナショナリズムに舵を切ったといえるでしょう。
「2つの世界」へ
こうして2018年5月、米国が中国の輸出品に高関税をかけ、米中貿易戦争が幕を開けます。さらに8月に成立した国防権限法によって、関税以外でもさまざまな経済の壁を高めていきました。
COCOMの後継である緩やかな輸出管理協定「ワッセナーアレンジメント」を改革し、「対中版・新COCOM」の構築へと動き出したのです。
世界は再び、「1つのルール」から「2つのルール」に向かっていた。
注目は〝竹のカーテン〟がいつ降りるのか、ということでした。
〝その時〟は意外な形で訪れます。武漢ウイルス問題です。
半強制的に「ヒトの移動」は遮断され、「モノの移動」の制限も一気に強化されていくことになります。
米国の輸出管理規制に基づき、国家安全保障や外交政策上の懸念がある企業が列挙されたものを「エンティティリスト」(Entity List)といい、リストに掲載された企業へ輸出するには、米国当局の許可が必要になります。
ファーウェイは昨年5月、エンティティリストに追加されました。
この措置によってファーウェイのスマートフォンでは、グーグルプレイ(スマートフォン向けアプリ配信サービス)などグーグル製のソフトウェアが搭載できなくなっています。
実際にファーウェイの最新スマートフォンでは、YouTubeやツイッター、フェイスブックのアプリをダウンロードすることができません。
5月15日には、世界最大手の半導体製造企業TSMC(台湾)が米国の求める輸出規制に応じ、ファーウェイからの新規受注を停止しました。
ファーウェイは半導体をTSMCに頼ってきたので、新規開発ができない状況に追い込まれたことになります。
6月24日には、米国が中国の20社に対して、「人民解放軍が所有・管理する企業」と認定しました。
この20社は、原子力・電力・通信などの主要インフラ企業です。
たとえば、チャイナテレコムは日本でいうNTT、チャイナモバイルはドコモ、中国鉄建は日立製作所に該当します。
これらの企業にも、米国当局の許可を得なければ輸出できなくなりました。
中国のインフラ関連企業に対して、米国の技術を一切使わせないという強い意思の表れです。
これは米国企業だけの問題ではありません。
米国原産技術が25%以上含まれる製品の場合、全世界の企業(もちろん日本企業も)が対象になり得るのです。
違反した場合、金融制裁によってドル決済ができなくなったり、米国資産の凍結、多額の罰金、違反企業の米国市場からの排除など、厳しい制裁を科せられることになるでしょう。
思い出されるのは1987年、東芝電機がCOCOMに違反したとき、米国が東芝グループ全社の製品の輸入を禁止したことです。
日本企業が同じ過ちを繰り返さないか心配です。
さらに米国は「通信の分断」へ向け動き出しています。2015年末から、グーグル、フェイスブックが太平洋を横断する海底ケーブルを建設していました。
これまでのケーブルでは容量が足りないため、太いケーブルを「香港」からサンフランシスコに向けて直結させる予定だったのです。敷設はほぼ完了し、インターネット通信の99%を担う大動脈となる予定でした。
ところが昨年10月、米国当局が「許可しない」と声明を出し、今年に入り香港始発ではなく、「台湾」始発で米国に結ばれることになったのです。
中国は各国の通信麻痺を狙ってサイバー攻撃を仕掛けています。
6月19日にもオーストラリアのモリソン首相が、政府や公的機関が国家による高度なサイバー攻撃を受けていると明らかにしました。
ここでいう「国家」とは、中国を指していると思われます。海底ケーブルをめぐる米国の判断は、通信も「2つの世界」へと向かっていることを示しているのです。
G7で「選択」を迫る米国
このような流れのなかで、日本も国家の命運がかかった「選択」を迫られています。
米国は夏~秋に予定されているG7で、「米国につくのか」「中国につくのか」と各国に迫るでしょう。背後にはこんな動きがあります。
米国は昨年11月、タイ・バンコクで開催されたインド太平洋ビジネスフォーラムで「BDN構想」を発表しました。
BDNとは、ブルー・ドット・ネットワーク(Blue dot Network)の略で、日米豪を中心とした「太平洋連合」を意味します。
これは安倍首相が提唱し、トランプ政権が採用した「自由で開かれたインド太平洋」と重なる部分が大きい。
そのうえで、BDNを主体とした経済同盟構想である「EPN構想」(Economic Prosperity Network)を米国は推進しています。
いわば「中国抜き」のサプライチェーン(供給網)構築をめざす経済構想です。
経済協定は安全保障と密接に関係しています。
日米が主導して進められたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)は米国が離脱したものの、日本が中心となって2018年3月、TPP11が締結されました。
EUを離脱した英国が加わることも現実味を帯びています。
TPPに対して、中国が主導する形で進められてきたのがRCEP(東アジア地域包括的経済連携)です。
日本には不参加という選択肢もありましたが、日本が加わらなければ中国の好き勝手にルールをつくられてしまうため、協議に参加していました。
ところが、米中貿易戦争の激化によって棚上げ状態になっています。
そこに楔を打ち込む形で登場したのがEPN構想なのです。
米国から「中国寄り」とみなされた国は、この構想に入ることができません。
最近、米国がG7に韓国やロシアの参加を模索しているという報道があったでしょう。
中国に近い2国に対し、「米中どちらにつくんだ」と二者択一を迫るためです。
特にロシアの参加については、日本の国益にも大きな影響を及ぼします。
もともとG7体制は、国連安保理が機能不全に陥ったことを契機につくられました。
安保理ではロシアが問題を起こすと中国が、中国が問題を起こすとロシアが拒否権を発動します。
それを是正するためにつくられたG7は、いわば「西側諸国がルールを決める」という意思の表れでした。
G7にロシアが加わると(G8体制の復活)、海洋安全保障環境が大きく変化します。
ロシアが中国と対峙、または中立を保てば、日本海・東シナ海・南シナ海はもちろん、太平洋進出を目論む中国の出端を挫くことができるのです。
コロナ後の国際政治から目が離せません。
米中対決は、自由vs専制という価値観をめぐる新冷戦となりました。
幸いにして安倍総理・麻生副総理が大局を見誤ることはなさそうですが、後継者不足に不安が募るばかりです。
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