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2019.6.17
宮田 裕章
慶応義塾大学 教授
日本の医療現場で、外科を中心に稼働しているシステム「NCD (National Clinical Database)」。全国5000以上の医療施設から手術症例が刻々と収集され、信用性の高い巨大データベースが構築され、医療現場において、劇的な変化をもたらしている。
実際に医師たちは、NCDの導入によって臨床現場がどのように変わったと感じているのだろうか。そしてNCDは今後、病院運営や経営、日本各地の医療のあり方にどのような影響を与える可能性があるのか。
NCDを現場の臨床医の視点からリードし、支えてきた東京大学医学部附属病院の瀬戸泰之病院長が登場。
宮田裕章教授とNCDの導入によって変わる医療について語り合う。
宮田教授(以下、宮田):データを活用して現実を良くすることが、私の専門領域なのです。そして医療の世界で仕事をしていく上で、現場で尊敬する医師方にお会いして学んだことが、私の基礎になっているとも思っています。
真に患者さんの視点に立って、より良い医療を実践しようと取り組む方々と一緒に仕事をさせていただくなかで、「日本が誇るプロフェッショナルを応援し、支えることが、患者さんにとっても日本の社会にとっても、これからの世界にとっても重要になる」、と考えています。
私が医療の世界に足を踏み入れた頃から、そして今も、現役で日本の医療をけん引しているのが瀬戸先生です。今回は、現場の感覚から、NCDが日本の医療現場でどのようにして生まれ、活用されているのかについて、改めて教えてください。
瀬戸病院長(以下、瀬戸):宮田先生とは、NCD発展のために、またより良い制度構築のために、ともに頑張っている間柄です。
NCDが立ち上がったのは2011年のこと。それ以前は、今から振り返ると大変なことがたくさんありました。
日本の医療の特徴は、よく知られる通り、国民皆保険制が敷かれていることです。昭和の時代に築かれた、世界に誇るべき医療体制であることに異存はありません。
このお陰で、誰でもどこでも、同一料金で、質の高い医療サービスを受けられる。日本が最も長寿な国の1つになることを力強く支えてきました。
ただし一方で、医療データを積み重ねるという点では、保険診療はあまりうまくは機能してきませんでした。
というのも、日本の保険制度は実はかなり複雑なのです。大きく「社会保険」と「国民健康保険」に分かれており、社会保険の中でも細かく区分があって、データをそれぞれの監督機関が保有していた。
皆保険ではあれど、データの在りかはバラバラで、統一したデータベースが存在しなかったのです。
宮田:厚生労働省が政策や予算を考えるための大枠の数字はあるけれど、少なくとも、医療従事者が活用できるようなビッグデータはありませんでした。
瀬戸:はい、それで医療の側からこれを整備しようという動きが出てきたんです。NCDに先行して、まずは心臓血管外科がJCVSDというデータベースを構築しはじめました。そこに宮田先生は参画されていた。
500例ほどの手術カルテを書類で提出?
宮田:成果が確認された後に、他分野の外科でも機運が高まり、NCDへつながっていくことになりました。その際、実効性を高めるために、専門医制度と絡めたことは効果的で、大きな進展につながりました。
瀬戸:その通りです。「専門医制度」とは、それぞれの学会が医師を審査・認定する仕組みのことで、これが医療の質を担保しています。ただこれはかつて、審査する側もされる側も、技術や経験、業績を証明する書類を用意することが非常に大変でした。
例えば私が専門医になった時には、実績を示すものとして、500例ほどの手術カルテを提出し、審査を受けなければなりませんでした。
そのためには、どういったことをしなければいけないか。
多くの医師は、複数の病院で診療や手術をしますから、それぞれの病院で紙のカルテをコピーして、500症例分の資料を作って、とてつもなく分厚い紙の束を試験会場に持って行っていたんです。
提出された資料は、今度は審査をする側が試験会場で一件ずつ調べていきます。正しく記載されているかどうかチェックして、記載漏れがあれば失格になってしまいます。
すさまじい作業量でした。まあ、そうした労力をベースに専門医の質が担保されていたわけですが。
宮田:NCDが構築されて以降は、それがデータで処理できるようになりました。
瀬戸:そうです。現在はNCDのデータを引き出して、手術記録はウェブ上で事前に登録できるようになっています。
宮田:NCD登録術式によれば、この手術をいつ、どこで、何件やったのか、すぐに取り出すことができます。医師免許を得たときに振られる医籍番号を登録すれば、これまでに自分が施した手術のデータのすべてが瞬時に分かるようになっています。
瀬戸:NCDの元になる手術データの入力は、医師や当該医療機関がその都度、打ち込まなければいけません。これも手間といえば手間なので、NCD導入当初は「え、いちいちこんな打ち込みをしなければいけないの?」という反応もありました。
けれど、自分たちが専門医資格を取るために必須のデータだということになれば、やらないわけにはいきません。
宮田:NCDは現在、約5000の医療施設が参加しており、そこで行なわれる手術症例の主要な手術の大多数を網羅するという高い悉皆性が実現されています。
専門医制度と絡めたことが、現場への普及の大きな力となったのは間違いありませんね。
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