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雇用ジャーナリスト海老原嗣生が斬る:
「単純労働」は淘汰されない 「AIで仕事がなくなる」論のウソ
2018年05月30日 07時00分 公開
海老原嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト、経済産業研究所コア研究員、人材・経営誌『HRmics』編集長、ニッチモ代表取締役、リクルートキャリア社フェロー(特別研究員)。1964年、東京生まれ。大手メーカーを経て、リクルートエイブリック(現リクルートキャリア)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。その後、リクルートワークス研究所にて人材マネジメント雑誌『Works』編集長に。2008年、人事コンサルティング会社「ニッチモ」を立ち上げる。『エンゼルバンク――ドラゴン桜外伝』(「モーニング」連載)の主人公、海老沢康生のモデル。主な著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(ちくま文庫)、『仕事をしたつもり』(星海社新書)などがある。
「今後15年で今ある仕事の49%が人工知能(AI)によって消滅する」。野村総合研究所は2015年に衝撃的なレポートを出した。それから3年たった今、実際に起こっているのは「人手不足」である。AIによって私たちの働き方はどのように変わるのか。『「AIで仕事がなくなる」論のウソ この先15年の現実的な雇用シフト』(イースト・プレス)を発刊した気鋭の雇用ジャーナリストである海老原嗣生さんに聞いた。
実際に起こっているのは「仕事の消滅」ではなく「人手不足」
――海老原さんは雇用ジャーナリストとして多くの著作を出版されています。今回はAIについての著作ですが、反響はいかがでしょうか。
海老原: 特に大きな宣伝を打っているわけではないのですが、反響が多く驚いています。「AIが自分の仕事とどのように関係するのか」に関して、疑問を持っていた人が多かったからではないでしょうか。
――なぜこのテーマに関心を持っていらっしゃったのでしょうか。
海老原: 日本人は「空気」や「風」に弱いという国民性がありますよね。流れができるとその流れに一気に乗ってしまう傾向がある。民主党政権が誕生したときには、民主党に人気が集まりました。でもその後に、支持者が急激に減った。過去には、どう考えても勝つことのできない太平洋戦争に日本軍が突き進み、神風特攻隊に自爆攻撃をさせた過ちもあります。
AIの議論にも同じような違和感を覚えていたのです。15年に野村総研は「これから15年で今ある仕事の49%が消滅する」という衝撃的なレポートを出しました。ただ、そのレポートを読んでみたら本当におかしいと思いました。雇用現場の事情をほとんど調べずに書かれているので、粗過ぎるのです。そして今、野村総研のレポートから3年がたちました。でも実際に起こっているのは「仕事が消滅する」どころか、強烈な「人手不足」ですよね。
最初になくなるのは「コンピュータの中で完結する仕事」
――そういった問題意識だったのですね。なぜAIで仕事がなくなる、という言説に違和感を覚えたのでしょうか。
海老原: 日頃から付き合いのある企業の関係者から「AI推進がうまくいっていない」という話を聞いていたからです。もちろん取材の場では、そんなことは決して言えない。そんなことを言ったら上司に怒られてしまうからです。どの企業も表向きは「AI推進企業」という看板を出しているものの、実際には成功していないというのが企業の実態だと感じていました。
じゃあ何でAI推進がうまくいっていないかというと、これまた口々に同じ理由を言います。事務処理を中心とした「コンピュータの中で完結する仕事」は、「AI代替」が比較的うまくいっているのです。でも、物を動かすとかおすしを握るとかケーキを包装するといったような、「物理的行為が伴う仕事」は「AI代替」がうまくいかないと皆が答えていました。
――物理的な作業こそ簡単にAIによる代替が進みそうですが、違うのですね。
海老原: 物理的作業は「単純労働」とも呼ばれています。この単純労働という仕事は、簡単そうに見えて、実は1人の人が細切れで多彩な労働をしているのです。例えばケーキ屋さんのレジ打ちの仕事も、レジ打ちだけやっているわけではない。ケーキを並べ替える、ケーキを補充する、ケーキを包装する、ショーウィンドウを磨く、値札を付け替えるなど8つ以上のタスクがあります。
1つの作業だけをみれば、AIと、その手足となるロボットで完璧にこなすことが可能です。ただ、多彩な労働をAIにやらせようとすると、7台も8台もロボットが必要になります。ロボットがたくさん店頭に並んでいると見栄えも悪いし、何より莫大な投資が必要になります。
一見、「高度な仕事」も「AI代替」可能
――確かに7つも8つもAIの入ったロボットを導入していたら採算も合いませんね。
海老原: さらにもう1つの問題があります。音声認識や画像認識などの特定分野で機能する「特化型AI」というのは、どんな問題であっても勝手にその仕事をディープラーニング(深層学習)によって覚えていきます。例えば今までにない新しい形のケーキが入ったとしたら、そのケーキを並べる最適な方法を、例えば別店舗の人間が試行錯誤してうまく並べた様子などを、監視カメラの画像データで見て、勝手に学習するのです。
そうすると7~8つのAIが、それぞれ個別に進化することになります。こうして、AIもさまざまな分野で勝手に進化すると、それぞれのロボットも調整が必要です。その帳尻を合わせられるかも疑問です。
企業もAIの研究を有名大学や先端メーカーと一緒に研究しているケースが多いものの、「実際にはうまくいかないから人の手で仕事をしてもらっているのです」と答えます。これが企業によるAI推進の現状ではないでしょうか。
――早い段階でAIによって淘汰されるのは、どんな仕事なのですか?
海老原: 例えば、AIによって最初に淘汰されるのは、事務処理系の仕事に代表される「コンピュータの中で完結する仕事」だと言えます。もう1つ、AIに代替される可能性が高いのは、いわゆる「手に職ワーク」というやつです。例えば、翻訳、通訳、Webプログラミング、各種士業などですね。
ビジネス誌などでは、「今の仕事では食べていけなくなるから、もっとスキルをつけなさい」と良く言われています。でも実は逆なのです。そうした特定のスキルの方がAIに取って代わられて、個人のキャリア形成上、一番ムダな投資になる可能性があるのです。
「営業が嫌だから税理士」という発想ではうまくいかない
海老原: 営業という仕事が嫌だからという理由で、税理士や会計士の資格を取る人も今は結構多い。こういう「対人折衝を面倒くさがる人たち」は今でも食べていけないのですが、今後はさらに淘汰される可能性が高いと感じます。
一方、税理士の資格を利用して「新しいビジネスを始める」という発想の人なら成功すると思います。例えば「税金を3割削減します」なんて触れ込みで開業している税理士事務所もありますし、「税務査察のときに私たちが最後の防波堤になります」とうたっている会社もある。そういう企業はきちんとお金を稼ぐための創意工夫をやっているので、AIには代替されない。今後も生き残っていきます。
それはなぜか。税理士の免許を持ちながらも、人がやりたくない面倒なことや厄介なことをたくさんやってくれるからです。一方、対人折衝が嫌だから税理士資格をとって事務処理に逃げ込もうという発想だと生き残っていくのは難しい。現在でも年収300万円の税理士はたくさんいます。事務仕事しかできない人はAIに代替されてしまうのです。
――「手に職ワーク」が危険というのは衝撃的ですね。
海老原: 案外、世間から尊敬を集める仕事の中にも、なくなる可能性が高い仕事は多くあります。例えば、マーケティングの仕事。いろんなデータを集めて、そのデータを分析して、結論を出すという仕事ですが、実はこういった仕事はAIが非常に得意としています。
国際会計のような仕事も同様です。「国際会計ができる」というと何となく凄そうに聞こえますが、その実は、お互いの国のルールを覚えて、「これではダメだ」と判断する仕事なのです。ルールを覚えたり、判断の基準を覚えたりするのは、AIの得意分野です。
一方、雑務の集合体のようなイメージのある「決算業務」は、実はマネジメントがとても必要な仕事です。他部署の社員が帳票を出してくれなかったときに「出してください」と催促するとか。取引先に対して「この帳票では脱税になってしまう」と指摘して取引先を怒らせたときに対応するとか。徹夜作業で倒れる人やサボタージュする人が出たりしたらその分の穴埋めをどうするか、とか。
決算業務にはこういった正攻法での対応が難しい業務がたくさんあって、進めていく上では泥臭いマネジメントが必要になります。こういう仕事は、「AI代替」が難しい。逆にいうと、「雑務がくっついている仕事はなくならない」とも言えます。
――なるほど。AIに代替されるのはブルーカラーの仕事で、ホワイトカラーは代替されないという誤ったステレオタイプがありますね。
海老原: その通りです。国際会計やマーケティングに共通するのは「高度な知的単純労働」だということです。こういった高度に見える知的難度が高いけれども実は「単純」労働が最初になくなります。一方、今まで単純労働と呼ばれていた物理的作業や対人折衝を必要とする泥臭い業務の方が、「AI代替」されない。なぜならマルチタスクだからです。つまり、世間がもっているAIへのイメージとは逆の現象が起きるのです。
これが15年先までの景色だと思います。最初に申し上げた「コンピュータの中で完結する仕事」がなくなるまでには、20年くらいかかると思います。
大切なのは「厄介な仕事から逃げずに今の仕事を頑張ること」
――知的な仕事の一部が淘汰される一方、営業などの「厄介な仕事の方が残る」というのは何となく希望を感じますね。
海老原: 執筆後に改めて、AIは「仕事の本質」に迫るものではないかという考えが芽生えました。AIを考えることで、皆が仕事の本質って何なのかをもっともっと考えていくようになるのではないでしょうか。
例えば、「手に職ワーク」がAIに代替されることは、働き手にとっては「営業や部下管理などの泥臭い仕事がいやだから、逃げ込もうとする避難先」がどんどんなくなるということなのです。税理士の免許を利用して、本格的なコンサルティングやビジネスをやろうという人たちは、「AI代替」できません。一方、税務処理はAIによって完璧にできてしまう。「営業や対人折衝が嫌だから税理士になる」という、いかにラクをするかという発想では逃げ込み先がなくなってしまうのです。
なるほど。「大変な仕事こそAIに代替されない」といえるのでしょうか。
海老原: そういうことです。何でも一生懸命やる人はこれからも食べていけるのです。一方、「資格さえ取ってしまえばラクができる」と考える人は生き残りが難しくなってくる。逃げ場がなくなってこそ、こうした「仕事の本質」が見えてくると思うのです。雑務に見える仕事だったり、人に謝ったり、ホスピタリティーを発揮する仕事は今後も絶対になくならない。だからAIは、「仕事の本質を考える良いきっかけになる」と思いますよ。
副業には大反対
海老原:だから僕は世間を賑わせている「副業」には大反対なのです(笑)。会社の中で、目の前にある仕事を一生懸命やることが大事なのではないでしょうか。その中で、逃げずに成長し続けることが重要だと思っています。
良く「会社と対等に渡り合える人間になれ」と言います。これは、その人が「退職したい」と言ったときに、会社から「お願いだから辞めないでください」といわれる人物になって初めて、対等といえるのではないでしょうか。
会社員に限らず、この社会にはいろいろな仕事がありますが、職種が変わっても仕事の本質や能力には共通する部分があると思うのです。それまで本業で磨いてきた能力、例えば「発想力」「本質を見抜く力」「対人感受性」などの積み重ねがあれば、どんな職業であっても成功できるのです。営業を極めた人は、違う分野に移っても力を発揮する場合が多い。
だから、今の仕事から逃げずに頑張ることが重要だと思います。今の仕事を本気でやっていると、そういった高みにつながっていくのです。
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